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神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)1292号 判決 1989年9月27日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

一  当事者双方の求めた裁判

1  原告

(一)  被告は、原告に対し、金三三一三万四五七三円及びこれに対する昭和六一年一二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は、被告の負担とする。

(三)  (一)につき仮執行の宣言。

2  被告

主文第一、第二項同旨。

二  当事者双方の主張

1  原告の請求原因

(一)  別紙事故目録記載の交通事故(以下、本件事故という。)が発生した。

(二)  被告は、本件事故当時、被告車の保有者であったところ、同人は、右事故直前、右車輌を転回させるに際し、自車後方を充分注視してその安全を確認したうえ転回を開始すべき注意義務があるのに右注意義務を怠り、右安全確認を充分せずに自車の転回を開始した過失によって本件事故を惹起した。

よって、被告には、自賠法三条及び民法七〇九条によって、亡勤及び原告が蒙った本件損害を賠償する責任がある。

なお、原告は、被告の右責任につき、人的損害については自賠法三条による責任と民法七〇九条による責任とを選択的に、物的損害については民法七〇九条による責任を主張するものである。

(三)  本件損害

(1) 亡勤の分

(イ) 死亡による逸失利益 金三三二八万〇七八三円

(a) 亡勤は、本件事故当時、大阪産業大学三回生に在学中で、二二才であった。

そこで、同人の就労可能年数は、六七歳までの四五年である。

(b) 同人の右事故当時における平均月額は、金二一万六三〇〇円(ただし、賃金センサス二四才の平均額収入。)であった。

(c) 同人の控除すべき生活費は、右収入の四〇パーセント相当である。

(d) 右各事実を基礎として、亡勤の本件死亡による逸失利益の現価額をホフマン式計算方法にしたがって算定すると、金三三二八万〇七八三円となる。(ホフマン係数は、二一・三七。)

{(21万6300円×12)×(1-0.4)}×21.37=(約)3328万0783円

(ロ) 原告の相続

原告は、亡勤の母親であるところ、亡勤の右死亡による逸失利益金三三二八万〇七八三円の損害賠償請求権の全てを相続した。

(2) 原告固有の分

(イ) 葬儀費 金一五〇万円

(ロ) 慰謝料 金二〇〇〇万円

(ハ) 単車修理費 金三五万三七九〇円

(3) 以上、原告の本件損害の合計額は、金五五一三万四五七三円となる。

(四)  損害の填補

(1) 原告は、本件事故後、自賠責保険金金二五〇〇万円を受領した。

(2) そこで、右受領金金二五〇〇万円を本件損害の填補として原告の本件損害金五五一三万四五七三円より控除すると、右控除後の原告の本件損害は、金三〇一三万四五七三円となる。

(五)  弁護士費用 金三〇〇万円

(六)  よって、原告は、本訴により、被告に対し、本件損害合計金三三一三万四五七三円及びこれに対する本件事故当日の昭和六一年一二月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被告の答弁及び抗弁

(一)  答弁

請求原因(一)(1)ないし(4)の各事実は認める。同(5)中原告車が本件事故直前本件事故現場の存在する国道二号線路上を西進し、右事故現場付近に至ったこと、被告車が右事故発生以前原告車の進路左側に駐車していたところ、右事故直前転回したこと、亡勤が原告車の急制動をとり右車輌ともども路上に転倒し、右車輌がかなり西方に滑走したこと、亡勤が死亡したことは認めるが、同(5)のその余の事実は全て否認。同(二)の事実中被告が本件事故当時被告車の保有者であったことは認めるが、同(二)のその余の事実は全て否認し、その主張は全て争う。被告が本件事故発生に対し無過失であって、右事故に対する責任を何ら負うものでないことは、後叙免責の抗弁において主張するとおりである。同(三)の事実及び主張は全て争う。

仮に、亡勤及び原告に本件損害が存在したとしても、亡勤の本件死亡による逸失利益の算定において同人の控除すべき生活費はその収入の五〇パーセント相当であり、同人の葬儀費は金一〇〇万円が相当である。又、原告主張の本件慰謝料額も、亡勤が一家の支柱でないから高額に過ぎる。同(四)(1)の事実は、認める。なお、原告が本件事故後右受領金額を越える金員を受領していることは、後叙損害の填補の抗弁で主張するとおりである。同(2)の主張は争う。同(五)の事実は不知。同(六)の主張は争う。

(二)  抗弁

(1) 免責

(イ) 本件事故現場付近道路の制限速度は時速五〇キロメートルであるところ、亡勤の運転する原告車は、本件事故直前、時速一〇五キロメートルを越える速度で本件事故現場に接近していた。

しかして、亡勤は、自車前方の被告車の存在に気付いて、自車の急制動措置をとったが、右車輌は、右急制動状態のまま一〇数メートル進行して亡勤ともども横転し、亡勤は右車輌から投げ出されて路面に激突し、そのまま右路上を滑走して、転回中の被告車の右後部車輌付近まで移動して倒れていた。

一方、原告車は、横転したまま路面を滑走して西方約四〇メートル左端に設置されたコンクリートブロックに激突し、次いで、右車輌は、更に右地点の西方約六〇メートル地点まで移動して、その車体前部を東向きにして停止した。

(ロ)(a) 被告は、被告車の駐車場所から大阪方面へ帰途につくため東方へ転回した。同人は、右転回に際し、シートベルトを付け、方向指示器を出し、次いで前照灯をつけ、自車後方確認は、自車のルームミラーとバックミラーで確認したが、右発進の際、後方から進来する車輌は存在しなかった。

(b) 原告車の本件事故直前における前叙速度からすると、右車輌は、被告車が転回のため発進する際まだ右車輌の後方約一九〇メートルないし約二〇〇メートル以上の地点を走行していたと推認できる。

被告車と原告車との右距離関係から、被告が右発進に際し自車後方に原告車の存在を確認することは、不可能であった。

(c) しかして、被告は、自車の回転がほぼ完了状態になろうとした地点で路上に倒れている亡勤を発見し、驚いて自車を反対車線左側に停止させた。

(d) 右事実関係から明らかなとおり、被告は、一般の自動車運転者に要求される道路交通法上の義務の全てを尽くしたものである。

被告には、本件事故直前右義務以上の注意義務がなかった。何故ならば、被告が本件転回をなすに当たって、その当時の道路状況その他具体的状況に応じて、適切に転回態勢に入った後、特段の事情が全くない本件の場合、原告車のように制限速度の二倍を越える暴走車が確認不可能な後方より進行して来ることまで予想して予め周到な後方完全確認をなすべき注意義務はないからである。

他方、亡勤が、本件事故現場付近道路の制限五〇キロメートルを遵守して走行していれば、急制動措置後の空走距離を含めて自車の制動を完了するまでの距離は二四・二メートルであるから、亡勤において自車のハンドル操作の誤りその他機能上の欠陥が存在しない限り、被告車のかなり後方地点で完全に停車することができた。

結局、本件事故は、亡勤の一方的過失によって発生したものであり、被告には、右事故に対する過失が存在しない。

(ハ) 被告車には、本件事故当時、機能上の障害、構造上の欠陥が存在しなかった。

(ニ) よって、被告は、自賠法三条但書により、本件事故に対する責任を免れる。

(2) 過失相殺

仮に、被告に本件事故に対する責任が認められるとしても、亡勤にも前叙免責の抗弁において主張したとおり本件事故発生に対し重大な過失が存在したのであるから、同人の右過失は、原告主張の本件損害額を算定するに当り斟酌すべきである。

(3) 損害の填補

原告は、本件事故後、自賠責保険金金二五〇〇万円のほか、傷害分として金二九〇〇円も受領した。

よって、右受領金金二九〇〇円も、過失相殺後の原告の本件損害から控除されるべきである。

3  抗弁に対する原告の答弁

抗弁(1)について

抗弁事実(イ)中亡勤が本件事故直前自車前方の被告車の存在に気付いて自車の急制動の措置をとったこと、亡勤が右急制動の措置をとった後原告車ともども横転し、両者とも路上を滑走したことは認めるが、同(イ)のその余の事実は否認。亡勤は、自車前方で急に転回し、自車の進路を妨害する危険な状態にある被告車を発見し、急制動を取ったものである。同(ロ)(a)(b)の各事実は全て否認。被告車の発進場所から後方一七〇メートルの見通しが可能であるし、原告車は当時少くとも前照灯をつけていたから、そして仮に被告が右発進時被告車後方の安全確認をしたとするならば、同人において右安全確認を充分に尽していれば、進来する原告車を発見し得たはずであり、右車輌自体を確認し得なくても、右前照灯の光りは確認し得たはずである。この点から、被告の本件事故に対する過失の存在を否定できない。同(c)の事実は否認。本件事故の発生原因は、被告が自車後方の安全を確認せず、急に転回した結果原告車の進路前方をふさぐことになり、進路妨害を惹起したことにある。同(d)の主張は全て争う。被告には、本件事故直前原告車の進来を予見できたことは、これまでの主張から明らかである。同(ハ)の事実は争う。同(ニ)の主張は争う。即ち、本件事故発生は、被告の過失によるものであって、同人に自賠法三条但書所定の免責が成立する余地はない。

抗弁(2)について

抗弁事実及びその主張は全て争う。亡勤には本件事故に対する過失が、存在しない。

抗弁(3)について

抗弁事実は認めるが、その主張は争う。

三  証拠関係<省略>

理由

一1  請求原因(一)(1)ないし(4)の各事実、同(5)中原告車が本件事故直前本件事故現場の存在する国道二号線路上を西進し、右事故現場付近に至ったこと、被告車が右事故発生以前原告車の進路左側に駐車していたところ、右事故直前転回したこと、亡勤が原告車の急制動をとり右車輌ともども路上に転倒し、右車輌がかなり西方に滑走したこと、亡勤が死亡したことは、当事者間に争いがない。

2  本件事故の詳細な態様は、後叙免責の抗弁に対する判断において認定するとおりである。

二  続いて、被告の本件責任原因について判断する。

1  自賠法三条関係

(一)  請求原因(二)の事実中被告が本件事故当時被告車の保有者であったことは、当事者間に争いがない。

(二)  そこで、被告の免責の抗弁について判断する。

(1) 抗弁事実(イ)中亡勤が本件事故直前自車前方の被告者の存在に気付いて自車の急制動の措置をとったこと、亡勤が右急制動の措置をとった後原告車ともども横転し、両者とも路上を滑走したことは、当事者間に争いがない。

(2)(イ) <証拠>を総合すると、次の各事実が認められる。

(a) 本件事故現場付近の地理的状況等

本件事故現場の存在する国道二号線は、神戸市須磨方面(東方)から同市舞子方面(西方)へ通じる平坦なアスファルト舗装路である。

右道路の本件事故現場付近の状況は、次のとおりである。

右道路車道中央部に、幅一・四メートルのゼブラ状中央線(黄色と白色の実線による)が標示されており、右中央線によって、各幅員三・二メートルの西行き一車線(南側)と東行き一車線(北側)に区別されている。

しかして、右西行車線の南側には、幅一・三メートルの路側帯が設けられ、その更に南側に幅員三・四メートルの歩道が設置されていて、右歩道と車道路側帯とは縁石によって区分されている。しかして、右歩道の北側端(車道寄り)には、長さ三メートル、幅〇・二メートル、高さ〇・三メートルのコンクリートブロックが、〇・五メートル間隔で連続して設置されている。

右道路中央線北側の東行き車線の北側には、幅一・六メートルの路側帯が設置され、その更に北側には幅〇・四メートルの側溝があり、右側溝に続くコンクリート壁を経てJR山陽本線線路敷に接している。

右道路は、東方から西方に向かう場合、本件事故現場付近から東方へ約一七〇〇メートル付近で緩やかな右カーブ(北方へ湾曲)している。

なお、本件事故現場付近道路における制限速度は、時速五〇キロメートルで、その他の交通規制は、駐車禁止(〇時-二四時)、追越しのため右側部分はみ出し禁止(〇時-二四時)以外にない。

そして、本件事故現場付近に信号機の設置はなく、夜間照明(街灯)は等間隔に存在する。

本件事故当時の天候は晴、路面は乾燥していた。

(b) 被告及び被告車の本件事故発生直前から右事故発生後までの動向

被告は、本件事故直前、本件道路西行き車線左側(以下、被告車の進行方向を基準とする。)に駐車してあった被告車の運転席に乗り込み、訴外中尾智を助手席に同乗させ、神戸市須磨方面を経て大阪市方面に帰宅するため、右駐車場所から前叙東行き車線内に転回(以下本件転回という)進入しようとした。

被告が被告車を本件転回のため発進させ、弧状の軌跡で約七メートル進行し、右車輌が東行き車線に入るべくその車頭を北方に向け、右車輌全体が前叙車道中央線をまたぐ形になった時、(ただし、右車輌の後部車輪は、未だ西行き車線の北側部分付近にあった。)被告は、自車後部に、積んである作業道具等が転倒するような音を聴き、助手席に同乗し、折からシートベルトを締めようとしていた前叙中尾は、被告車の後部に、荷くずれのような音を聴き、同時に右車輌が斜めに滑るような感じを受けた。しかし、右中尾の受けた右感じは、右車輌が物体に乗り上げたような感じではなかった。

被告は、続けて被告車を進行させ、右車輌が弧状で約二・六メートル進行して前叙東行き車線内に進入しその車頭がほぼ北東に向いた時、自車右方前叙車道中央線付近路上に転倒している亡勤を発見した。

そこで、被告は、右中尾に対し、人が倒れていると告げ、自車を更に約二二・三メートル前進させ、右車輌を右東行き車線左側に停車させ、亡勤の倒れている箇所に走り寄った。

(c) 本件事故現場の右事故後における状況

([1]) 被告等が前叙荷くずれ様音を聴いた西行き車線上の場所(この場所が被告車と亡勤が衝突した場所と推認されることは、後叙認定のとおりである。そこで右場所を本件衝突地点という。)付近から東方約四〇メートル西行き車線車道歩道の境界線から北方へ約三・六メートルの西行き車線上の地点より、西方へ向け、長さ一二・一メートルのスリップ痕(ただし、右スリップ痕の終点は、右境界線から北方へ約三・三メートルの地点。)が存在した。

なお、右スリップ痕は、右始点から七・七メートルの地点より、やや左に曲がっており、右地点北側〇・一二メートル離れた地点を始点として二本目のスリップ痕がほぼ平行に二本存在しており、その長さは、一・三メートルであった。

([2]) 右スリップ痕の終了地点から、更に西方へ一メートル右境界線から北方へ約三・六メートルの地点を始点として、西方へ長さ一メートルの右路上のアスファルト舗装の一部をえぐり取った擦過痕が存在した。

([3]) 更に右擦過痕終了地点から西方四・五メートル右境界線から北方へ約三・四メートルの地点を始点に、長さ二メートルの白色塗膜片様の物が路上に付着した真新しい痕跡が存在した。

([4]) 更に、右痕跡終了地点から西方約三八・五メートルの、右歩道北端(車道寄り)に設置された前叙コンクリートブロックの右車道に面した部分に、同部分をえぐり取った真新しい衝突痕が存在した。そして、右部分付近に、ガラス破片等が散乱していた。

(d) 原告車の本件事故後における損傷状況及び亡勤の受傷内容と死因

([1]) 原告車は、本件事故後、右衝突痕のあるコンクリートブロックから北西へ約五五・三メートルの東行き車線内の地点に転倒していた。

([2]) 原告車には、右側ボデー、右ブレーキレバー、右マフラーの各擦過、右後写鏡折損、後部泥除け、制動燈及びそのカバーの各破損、ナンバープレート曲損等の損傷が存在した。

([3]) 亡勤は、本件事故により、下顎挫傷、左肘皮下出血、左鼠径部挫裂創、左膝擦過傷、右膝擦過傷、右下腿部内側裂創、左硬膜下血腫、恥骨結合離開、左肘骨骨折、右下腿開放性骨折、左肋骨骨折等の各傷害を受け、昭和六一年一二月二九日午前一時三〇分、神戸市垂水区<住所略>神戸徳洲会病院において死亡した。死因は、脳挫傷であった。

なお、本件事故処理に当った兵庫県垂水警察署司法警察員訴外津田敬三は、亡勤の死後、同人の応急処置に当った右病院の当直医師訴外梶山雄司から、被害者の頭部に外傷がなくても、同人の身体の内部に損傷が発生存在すれば、その脳部に力が伝達され脳挫傷の損害が発生する旨の所見を告げられた。

(e) 被告車の本件事故直前における客観的状況

([1]) 被告車のバックミラー、ルームミラーは、いずれも正常であり、同車輌運転席から、右両ミラーを使用しての後方確認は約一五〇メートル先まで、西行き車線中央部分は約一七〇メートル先まで、可能であった。したがって、前叙カーブ地点付近までの見通しが、可能であった。

([2]) 被告車が前叙のとおり発進して前叙軌跡で本件衝突地点付近まで転回するに要する時間は、約六・七秒であった。(なお、本件事故後の測定では、第一回目約六・七秒、第二回目約五・〇秒、第三回目約四・六秒であったが、回数が重なるにつれて右時間が短縮されているのは、いわば訓練効果の発現と認められる故、第一回目の右測定時間が最も自然で事故当時の実体にそうものと認める。)

(f) 被告車の本件事故後における車体状況

([1]) 右車輌後部スライド式ドアー下部車体後部端より一・七六メートル部分に、横〇・一五メートル、縦〇・〇九メートル楕円状の凹損が存在し、同箇所のパッキングゴムの一部が露出していた。

([2]) 右車輌車底部右サイドブレーキ管車体後方端から一・三五メートル部分に長さ〇・一五メートルの払拭痕が存在した。

([3]) 右車輌車底部ガソリンタンク下部車体後端から一・三〇メートル部分に、同所から車体前方に向け長さ〇・五メートル幅最大〇・三五メートルにわたり凹損が存在し、その一部に鮮明な布目痕が存在した。

([4]) 右車輌車底部プロペラシャフト車体後端から一・二五メートル部分に、径〇・一三メートルの楕円状払拭痕が存在した。

([5]) 右車輌車底部マフラー車体後端から一・四〇メートル部分に、径〇・二二メートルの楕円状に錆が払い取られた払拭痕が存在した。

([6]) 右車輌右後輪タイヤ外側面に、亡勤が本件事故当時履いていた右半長靴の靴底模様と同一と認められる模様が、ほこりによって鮮明に印像されていた。

([7]) なお、右各損傷及び痕跡は、いずれも本件事故以前に存在しなかったものである。

(g) 訴外金江豊こと金豊(以下訴外金という。)の本件事故の目撃状況

([1]) 訴外金は、本件事故直前、本件事故現場の存在する前叙国道二号線西行き車線上を神戸市舞子方面へ向け西進していたところ、同市塩屋川交差点(本件事故現場より東方へ二番目の交差点)において対面信号機の標示赤色にしたがって停止したが、その際、自車の左前方約一三・六メートルの地点に、同じく右信号機の標示にしたがって停止している原告車を認めた。

([2]) 訴外金は、右信号機の右標示が青色に変ったので自車を発進させたが、その前に原告車も発進した。

訴外金は、右交差点を通過し約三〇九・一メートル西進した際、自車前方約一四八メートルの地点に存在する神戸市高尾交差点の対面信号機の標示が青色であったので、同交差点を通過した。なお、同人は、右交差点信号機の右標示を確認し右交差点を通過した際、原告車の動向まで確認していない。

([3]) 同人が、右交差点を通過して、約二一九メートル西進した時、自車前方の道路中央線付近から右前方に向け火花を出して滑走している車を認めた。しかして、訴外金は、遠方で右転倒地点を確認できなかったが、本件事故後測定したところでは、同人が右目撃をした地点は、本件事故現場(ただし、亡勤の転倒していた地点)から、約一八四メートル東方の地点であった。

なお、訴外金は、自車を時速約五〇キロメートルの速度で走行させていた。

([4]) 訴外金は、右事故を原告車の自損事故と思い、右事故現場より西方に自車を停車させたところ、右事故現場には、前叙認定にかかる各場所に、亡勤と原告車が各転倒し、被告車が停車していた。

(h) 被告の本件事故直前における行動

被告は、本件事故発生直前、前叙のとおり本件転回を開始したが、同人は、右発進前、シートベルトを締め、右折の方向指示器を出し、前照灯を点灯し右車輌のルームミラーとバックミラーによって自車後方を確認した。

しかし、被告は、右確認時、自車右後方から進来する車輌の存在はその前照灯の光線を含め、これを認めなかった。

(ロ) 右認定に反する<証拠>は、前掲各証拠と対比してにわかに信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3)(イ) 右認定各事実を総合すると、次のとおり推認することができる。

(a) 亡勤は、本件事故直前、自車前方西行き車線上左側から右方東行き車線内に向け転回して行く被告車を認め、急制動の措置をとったが、右車輌の右時点における速度は、時速約九〇キロメートルないし約一〇五キロメートルであった。

(b) 原告車は、右急制動により車輌の回転をやめ西行き車線路面を滑走を始めた地点(前叙ブレーキ痕が開始した地点)から約一二・一メートル滑走した地点で、乗車していた亡勤ともども横転した。

亡勤は、右車輌から脱落した際、右路面に激突し、そのまま、足部を西方に向けうつ伏せになった状態で、右路上を西方に向け滑走した。そして、被告車が前叙転回の途中でその車頭を北方に向け亡勤の右滑走方向とほぼ直角の形になったところへ、亡勤が、右のとおり滑走して来て、同人の右足底から被告車の後部右側車輪外側へ衝突し、更に、その反動で、前叙最終転倒地点まで滑走した。

一方、原告車は、右転倒後、南西方向に滑走し、前叙歩道北端(車道寄り)に設置された前叙コンクリートブロックの右車道に面した部分に激突し、更に、その反動で、前叙東行き車線内の最終転倒地点まで滑走した。

(c) 被告車と亡勤の右衝突地点は、被告及び訴外中尾が前叙異常音を聴いた地点付近である。

(d) 原告車のスリップ痕開始地点は、右衝突地点から東方約四〇メートルの地点である。

(なお、時速約九〇キロメートルないし約一〇五キロメートルの速度で走行する自動車の空走距離は、平均値〇・四秒ないし〇・八秒で、時速九〇キロメートルの場合一〇・五六メートルないし二一・一一メートル、時速一〇〇キロメートルの場合一一・一一メートルないし二五メートル、であることは、当裁判所に顕著な事実である。

したがって、亡勤は、原告車の右スリップ痕開始地点に付加される右空走距離を考慮すれば、少くとも右衝突地点から約五〇・五六メートル東方の地点付近で、被告車を認めたということになる。)

(e) 被告車が本件転回のため前叙発進する時、原告車は、被告車の後方で西行き車線上約一七〇メートル以上の地点付近(ただし、約一九五・四メートル以内の地点付近)を走行していた。

(時速九〇キロメートルの車輌の秒速が二五メートルであり、同一〇五キロメートルの車輌の秒速が二九・一六七メートルであることは、当裁判所に顕著な事実である。しかして、被告車が右発進後本件事故衝突地点付近まで進行する所要時間が約六・七秒であったことは、前叙認定のとおりである。右認定各事実に基づくと、原告車は、被告車の右発進時、右車輌の後方西行き車線上約一六七・五メートルないし約一九五・四メートル付近の地点を走行していたことになる。右認定に、前叙認定にかかる、被告車発進時における被告の後方確認内容を合せ考えると、被告車の右発進時における右車輌と原告車の距離関係については、右のとおり認めるのが相当である。)

(ロ) 右認定説示に反する原告の主張は、当裁判所の採用するところでない。

(4)(イ) ところで、結果に対する予見可能性は過失の要件であり、当該行為時に、結果に対する予見可能性がなければ過失責任は発生しない、つまり、予見可能な結果に対してのみ結果発生防止の注意義務があると解するのが相当である。

(ロ) そこで、これを本件についてみるに、前叙認定にかかる被告車が本件転回のため発進する時の右車輌と原告車との距離、原告車の本件事故発生直前の走行速度、本件事故現場付近道路の地理的状況等動静混在する具体的状況下において、被告には、本件事故結果、即ち亡勤の本件事故による死亡を予見する可能性は存在しなかった、したがって、同人には、本件事故に対する過失は存在しないというのが相当である。

(5) 一方、前叙認定を総合すれば、本件事故は、亡勤の前方不注視、速度違反、安全運転義務違反の過失により惹起されたというのが相当である。

(6) <証拠>によれば、被告車には本件事故当時機能上の障害、構造上の欠陥が存在しなかったことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(7) 叙上の全認定説示を総合すると、被告は、自賠法三条但書によって、本件事故に対する責任を免れるというべきである。

よって、被告の免責の抗弁は、全て理由がある。

2  民法七〇九条関係

(一)  原告が主張する被告の本件過失内容については、これを肯認するに足りる的確な証拠がない。

(二)  かえって、被告が本件事故に対し無過失であること、右事故は、亡勤の前方不注視、速度違反、安全運転義務違反の過失によって惹起されたものであることは、前叙被告の免責の抗弁に対する判断で認定説示したとおりであるから、右認定説示を引用する。

右認定説示に照らしても、原告の右主張は、これを肯認することができない。

3  叙上の認定説示から、被告には、自賠法三条によっても、民法七〇九条によっても、本件事故に対する責任を負わしめ得ないというべきである。

三1  以上の次第で、被告に対し本件事故に対する責任を負わしめ得ない以上、原告の本訴請求は、当事者双方のその余の主張につきその当否を判断するまでもなく、右認定説示の点で既に理由がない。

2  よって、原告の本訴請求を全て棄却し、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥飼英助)

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